注意点

戒名の広告が度々出てきますが、そんなものに大金を費やすくらいならば、日蓮大聖人の仏法を一人でも多くの人に語ることへ時間と労力を費やしましょう


2016年12月29日木曜日

脚光も喝采もない

●池田先生の言葉

脚光もない。
喝采もない。
それでも、自分が決めた使命の舞台で、
あらんかぎりの、師子奮迅の力を出し切って、
勝利の金字塔を、断固、打ち立てていく。
その人こそが、最も偉大なのである。


外部の力を借りずとも、自ら発する力を起点に
使命を果たしていくのが
本物の仏法者ですね。

2016年12月27日火曜日

成仏とは

●聖教新聞の紙上セミナーより

御書には成仏の「成」について、
「成は開く義なり」(733ページ)と
示されている。

成仏とは、自身の内に具わる
仏の生命境涯を開くことに
ほかならないのです。

つまり、仏の生命を開くとは、
他の世界に行くことではなく、
あくまでもこの現実世界において、
何者にも崩されない絶対的な
幸福境涯を築くことをいいます。

また、仏の生命を開くことで、生命の全体が浄化され、
本来持っている働きを十分に発揮して、
さまざまな困難に直面しても、動揺することのない
力強い境涯を確立することができます。

仏法は、誰もが信心を根本に、
生命に秘められた可能性を現して
自身を輝かせ、人生を切り開いていく
ことができると説いているのです。


成仏は自身の内に求めていきましょう!

2016年12月25日日曜日

青年の心

●池田大作先生の四季の励まし

私は、青年が好きだ。
挫折を繰り返しながらも
瞳を未来に向けて
何かしらに挑戦しゆく、
逞しい青年の姿を見るのが
何よりも嬉しい。
青春時代は失敗すればするほど、
新たなる人生、
一生の幸福への基盤が
築かれるのだと
勇気をもって進むことだ。

青年に全てを託す以外にない。
そのためには
青年の諸君全員が
創価学会の「会長」であり、
「責任者」であり、
「大指導者」であるとの自覚で
全責任を担い立ってほしい。

青年とは、決して年齢ではない。
心の持ち方、生き方で決まる。
若き日の誓いを忘れぬ人は
青年である
生涯、師と共に、
広宣流布の理想に生き抜く人は
青年である。
現状を破り、一歩でも二歩でも
前進しようという挑戦の人は
青年である。
傍観者にならず、
常に主体者となりゆく人は
青年である。
この青年の心が
生き生きと脈打っている限り、
無限の向上があり、発展がある。

人々の心を温め、
社会を前進させる
若き「熱」と「力」は
まぎれもなく今も青年のものだ。
君たちこそ
民衆の希望なのである。
ゆえに、青年を先頭に
青年と共に
我ら創価青年学会は
新たな広宣流布への大航海に
躍り出るのだ。


常に挑戦する心を持ちましょう!

2016年12月18日日曜日

不可能を数える

●池田先生の言葉

「これは無理だ」と不可能を数え上げても、きりがない。
偉業を実現するには、一つでもよい、
「何が可能か」を探しだし、その「何か」を
実行することである。


無駄な時間を過ごさないようにしましょう!

2016年10月30日日曜日

挑戦し続ける人が勝利者

●池田先生の四季の励まし

「開拓」とは、自分自身への挑戦だ。
人は、誰でも
未踏の原野をもっている。
それも、どこか遠い彼方ではなく、
ごく身近にあるものだ。
最も手強い壁は、実は心の中にある。
ゆえに、勇気をもって
自分と向き合い、
「自己拡大の戦い」
「人間革命の戦い」を起こすことだ!
「汝自身の原野」に挑め!
その人こそ、
最も勇敢なる開拓者である。

自分が太陽になることである。
太陽が一人いれば、
家庭も地域も、皆が照らされる。
皆が温められる。
広布のために
動きに動く行動の果てに、
生命は太陽と輝くのである。

勝利を誇る姿――それも美しい。
しかし、それ以上に美しく、
気高いのは“さあ、戦うぞ!”
“いよいよ、これからだ”という、
挑戦の姿であろう。
尊いのは、「戦う」一念である。
ある意味で、勝っても負けても、
「戦う」こと自体が偉いのである。
何があろうと「戦い続ける」人は、
すでに人間として
「勝っている」といえる。

“もう駄目だ”と思うような時に、
御書を開き、学会指導を学び、
また同志の励ましを受けて、
あらためて
「信」を奮い起こしていくことだ。
御本尊に向かって
真剣に唱題行を貫いていけば、
必ず、わが胸中から変革が始まる。
自身の仏性が開かれて、
歓喜と確信が込み上げ、
挑戦する勇気が湧いてくる。
そこに絶対勝利への
仏の無限の智慧と力が現れるのだ。


何が起こっても常に挑戦し続けましょう!

2016年3月12日土曜日

楽観主義 心のギア

●名字の言より

唱題行とは、「楽観主義に“心のギア”を入れる作業」
といういい方もできよう。

“すがる”のではなく、“必ず勝ちます”という誓願の祈りが、
主体的な行動を生み、環境を変えていく。

まさに仏法とは、究極の楽観主義である。

どんな逆境も変毒為薬し、自他共の幸福へ進もうとする
人間の強さを引き出す。


苦しい時は題目で乗り切れましょう!

2016年2月12日金曜日

模倣 生活

●牧口先生の言葉

生活は、すべて最初は模倣である。

他人が行っている事を見よう見まねで、

信じて生活するのである。

同様にお華でも、踊りでも、剣道でも、

柔道でも、師匠のいうとおり信じて模倣

するのであり、その上に立って模倣から

創造に進むのである。

それが生活法である。


真似をするのを恥ずかしがってばかり
いてはいけませんね。

2016年2月11日木曜日

病の消滅

只肝要は此の経の信心を致し給い候はば現当

の所願満足有る可く候、法華第三に云く

「魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護る」

第七に云く「病即消滅して不老不死ならん」

との金言之を疑う可からず

(道妙禅門御書、御書1242ページ)


【通解】

ただ肝要なことは、この法華経の信心を

されるならば、現世と未来世の願いが

満たされるということである。

(中略)

法華経第七の巻には「病は消滅して、

不老不死の境涯を得るであろう」とある。

これらの金言を疑ってはならない。


法華経の行者にとって病など恐れる事はないです!

2016年2月10日水曜日

ひと言 仏法

一句妙法に結縁すれば億劫にも失せずして大乗無価の宝珠を
研き顕すを生値仏法と云うなり所謂南無妙法蓮華経の仏法なり。
(御義口伝、御書793ページ)

【通解】
たとえ一句でも妙法に縁を結ぶならば、その宿福は億劫という
計り知れない長遠な年月の間にも、失われることはない。
そして、大乗教の究極である無上に高価な宝珠、すなわち
衆生の胸中にある仏の尊極の生命を磨き顕していくことができる。
これを「(宿福深厚にして)生まれて仏法に値えり」というのであり、
その「仏法」とは南無妙法蓮華経の仏法なのである。

【SGI会長からの同志への指針】
今、日本と世界の津々浦々で、後継の青年が拡大に挑戦
してくれている。
何と頼もしく、尊い姿であろうか。
下種仏法である。
ひとたび妙法に縁した福徳は決して消えない。
仏法対話に励んだ功徳は三世永遠に輝きわたる。
折伏は難事中の難事である。
挑んだ分だけ境涯が広がり、真実の友情は深まる。
満々たる生命力で、信心の確信を朗らかに語り抜くのだ。


仏法を語るにはひと言でいいのです!

2016年2月8日月曜日

善 必勝

異体同心なれば万事を成し同体異心なれば諸事叶う事なしと
申す事は外典三千余巻に定りて候、殷の紂王は七十万騎なれども
同体異心なればいくさにまけぬ、周の武王は八百人なれども
異体同心なればかちぬ(中略)日蓮が一類は異体同心なれば
人人すくなく候へども大事を成じて・一定法華経ひろまりなんと
覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし御書1463ページ)


【通解】
異体同心であれば万事を成し遂げることができるであろうが、
同体異心であれば諸事万般にわたって叶うことはないであろう。
このことは、外典の三千余巻の書物にも定まっていることである。
殷の紂王は、70万騎であったが同体異心であったので、戦いに
負けてしまった。周の武王は、わずか800人であったけれど、
異体同心であったので、勝ったのである。
(中略)日蓮の門下は異体同心であるので、人々は少ないけれども、
大事を成し遂げて、必ず法華経が広まるであろうと考えるのである。
悪は多けれども一善に勝つことはない。


少数でも心が一つになれば、必ず勝てます!

2016年1月14日木曜日

ふがいない 倒れない

甲斐無き者なれども・たすくる者強ければたうれず、
すこし健の者も独なれば悪しきみちには・たうれぬ(三三蔵祈雨事、御書1468ページ)

【通解】
ふがいない者でも、助ける人が強ければ倒れない。
少し強い者でも独りであれば、悪い道には倒れてしまう。


独りぼっちではまともに生きて行けないものですね。

2016年1月13日水曜日

内面の確立

●新・人間革命より、山本伸一の言葉

政治も、経済も、科学も、本来、すべてが人間の幸福を
追求するものですが、それらは制度や環境的側面など、
人間の外側からの幸福の追求です。
それに対して、宗教は、人間の内面世界からの幸福の
追求に光を当てています。
人間の内面の確立と、外側からの追求のうえに、人間の
幸福はあるといえます。

あらゆる学問も、機構・制度も、それを生みだし、
つくり上げてきたのは人間です。
したがって、社会や環境の改革も、その主体者である
人間の内面を改革することが肝要です。
そこに高等宗教、なかんずく仏法の役割があると、
私は考えております。


人間がつくったものは全て人間のためにならないといけませんね。


2016年1月5日火曜日

死についての探求

●新・人間革命より

現代は、人間の生にばかり光をあて、死というものを
切り離して考えているように思います。
しかし、生の意味を問い、幸福を追求していくうえでも、また、
社会、文明の在り方を考えていくうえでも、死を見つめ、
死とは何かを探求し、死生観を確立していくことが
極めて重要ではないでしょうか。
仏法では、生命は永遠であると説きます。
つまり、人間の死とは、生命が大宇宙に溶け込むことであり、
その生命は連続し、再び縁に触れて生を受ける。
そして、生きている時の行動、発言、思考が、「業」として
蓄積され、継続するというものです。


今の人生で、幸福になればなるほど、次の生は良い状態から開始できます!

打てば響く

●戸田先生の言葉

鐘は強く打てば強く響き、弱く打てば弱く響く。
御本尊も同じだ。
こちらの信力・行力によって、仏力・法力が現れ、大功徳があるのだ。


力の限り仏法の鐘を打ちましょう!

2016年1月3日日曜日

仕事 やりきる

●池田先生の指導

職場において、自分に与えられた仕事、役職を完璧にやり抜くことです。
そうすれば、自分の組織における活動も、全部すっきりと運びます。
御書に「御みやづかいを法華経とをぼしめせ」とあるように、
仕事は仏道修行の場です。
それを、活動等にとらわれて、給料をもらっている職場で、
いいかげんに仕事をしていれば、全部、複雑になります。
自分の思う通りに運ばなくなります。
自分の職業、すなわち生活のための仕事を完璧にやりきりなさい。
すっきりとやりきりなさい。
それが「信心即生活」です。
仕事に真っ向からぶつかり、勝利を得なさい。
それが組織の勝利になり、折伏の勝利になり、広宣流布の勝利に通じるのです。


何もかも中途半端だと感じたら、まずは仕事から見つめ直してみたらよいかもしれません。

2016年1月2日土曜日

団結 一人

●新・人間革命より

団結の鍵は何か。
それは、一見、矛盾するようであるが、
自らが「一人立つ」ことである。
自分が真剣に祈り、強くなることだ。


誰かに依存していては団結など永遠にできません。