注意点

戒名の広告が度々出てきますが、そんなものに大金を費やすくらいならば、日蓮大聖人の仏法を一人でも多くの人に語ることへ時間と労力を費やしましょう


2014年2月21日金曜日

生命の実感

●新・人間革命より

一つには、信心の力を痛感する、生活のうえでの体験を、
どれだけつかんでいくかです。
体験ある人は強い。
それは、御本尊の力を生命で感じているからです。

 理論的に、仏法を理解していくことも大切ですし、
それが精進の力になることも事実です。
しかし、それだけでは弱い。
頭でわかっていることと、
生命の実感とは異なります。

 剣道や柔道にしても、単に試合のルールを覚え、
練習の仕方がわかれば、それで強くなれるというものではない。

 実際に、練習を重ね、試合も数多く経験していくなかで、
“こうやれば勝てる!”“こういう場合には、こうすればよい”
ということを体で覚え、生命で感じていくことができる。
それで、技が磨かれていくんです。

 信心も同じです。体験は確信を得る直道なんです。
人生には、小さなことから、大きなことまで、さまざまな
試練や悩みがあるものです。仕事や人間関係、子育てなどに
行き詰まることもあれば、不慮の事故に遭遇したり、病で
苦しんだりすることもある。

 あるいは、“なかなか弘教が実らずに悩んでいる”という方もいるでしょう。

 そうした一つ一つの悩みや試練を、自身のテーマとして
見すえ、懸命に唱題し、学会活動に励んでいくんです。

 そうすれば、悩みは必ず克服できます。
一つ、また一つと解決していくこともあれば、大聖人が
『地獄の苦みぱっときへて』(御書一〇〇〇㌻)と仰せのように、
一挙に悩みが解決することもあるでしょう。

 また、自分を悩ませていた問題は続いていたとしても、
それに翻弄されて苦しんだり、そのことに負けたりしない自分を、
確立していくことができるんです。
境涯革命することができるからなんです。

 そうした体験の積み重ねが、仏法への確信を深め、強めていくんです。


頭でっかちになるのはみっともないですね。



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