注意点

戒名の広告が度々出てきますが、そんなものに大金を費やすくらいならば、日蓮大聖人の仏法を一人でも多くの人に語ることへ時間と労力を費やしましょう


2016年3月12日土曜日

楽観主義 心のギア

●名字の言より

唱題行とは、「楽観主義に“心のギア”を入れる作業」
といういい方もできよう。

“すがる”のではなく、“必ず勝ちます”という誓願の祈りが、
主体的な行動を生み、環境を変えていく。

まさに仏法とは、究極の楽観主義である。

どんな逆境も変毒為薬し、自他共の幸福へ進もうとする
人間の強さを引き出す。


苦しい時は題目で乗り切れましょう!

2016年2月12日金曜日

模倣 生活

●牧口先生の言葉

生活は、すべて最初は模倣である。

他人が行っている事を見よう見まねで、

信じて生活するのである。

同様にお華でも、踊りでも、剣道でも、

柔道でも、師匠のいうとおり信じて模倣

するのであり、その上に立って模倣から

創造に進むのである。

それが生活法である。


真似をするのを恥ずかしがってばかり
いてはいけませんね。

2016年2月11日木曜日

病の消滅

只肝要は此の経の信心を致し給い候はば現当

の所願満足有る可く候、法華第三に云く

「魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護る」

第七に云く「病即消滅して不老不死ならん」

との金言之を疑う可からず

(道妙禅門御書、御書1242ページ)


【通解】

ただ肝要なことは、この法華経の信心を

されるならば、現世と未来世の願いが

満たされるということである。

(中略)

法華経第七の巻には「病は消滅して、

不老不死の境涯を得るであろう」とある。

これらの金言を疑ってはならない。


法華経の行者にとって病など恐れる事はないです!

2016年2月10日水曜日

ひと言 仏法

一句妙法に結縁すれば億劫にも失せずして大乗無価の宝珠を
研き顕すを生値仏法と云うなり所謂南無妙法蓮華経の仏法なり。
(御義口伝、御書793ページ)

【通解】
たとえ一句でも妙法に縁を結ぶならば、その宿福は億劫という
計り知れない長遠な年月の間にも、失われることはない。
そして、大乗教の究極である無上に高価な宝珠、すなわち
衆生の胸中にある仏の尊極の生命を磨き顕していくことができる。
これを「(宿福深厚にして)生まれて仏法に値えり」というのであり、
その「仏法」とは南無妙法蓮華経の仏法なのである。

【SGI会長からの同志への指針】
今、日本と世界の津々浦々で、後継の青年が拡大に挑戦
してくれている。
何と頼もしく、尊い姿であろうか。
下種仏法である。
ひとたび妙法に縁した福徳は決して消えない。
仏法対話に励んだ功徳は三世永遠に輝きわたる。
折伏は難事中の難事である。
挑んだ分だけ境涯が広がり、真実の友情は深まる。
満々たる生命力で、信心の確信を朗らかに語り抜くのだ。


仏法を語るにはひと言でいいのです!

2016年2月8日月曜日

善 必勝

異体同心なれば万事を成し同体異心なれば諸事叶う事なしと
申す事は外典三千余巻に定りて候、殷の紂王は七十万騎なれども
同体異心なればいくさにまけぬ、周の武王は八百人なれども
異体同心なればかちぬ(中略)日蓮が一類は異体同心なれば
人人すくなく候へども大事を成じて・一定法華経ひろまりなんと
覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし御書1463ページ)


【通解】
異体同心であれば万事を成し遂げることができるであろうが、
同体異心であれば諸事万般にわたって叶うことはないであろう。
このことは、外典の三千余巻の書物にも定まっていることである。
殷の紂王は、70万騎であったが同体異心であったので、戦いに
負けてしまった。周の武王は、わずか800人であったけれど、
異体同心であったので、勝ったのである。
(中略)日蓮の門下は異体同心であるので、人々は少ないけれども、
大事を成し遂げて、必ず法華経が広まるであろうと考えるのである。
悪は多けれども一善に勝つことはない。


少数でも心が一つになれば、必ず勝てます!

2016年1月14日木曜日

ふがいない 倒れない

甲斐無き者なれども・たすくる者強ければたうれず、
すこし健の者も独なれば悪しきみちには・たうれぬ(三三蔵祈雨事、御書1468ページ)

【通解】
ふがいない者でも、助ける人が強ければ倒れない。
少し強い者でも独りであれば、悪い道には倒れてしまう。


独りぼっちではまともに生きて行けないものですね。

2016年1月13日水曜日

内面の確立

●新・人間革命より、山本伸一の言葉

政治も、経済も、科学も、本来、すべてが人間の幸福を
追求するものですが、それらは制度や環境的側面など、
人間の外側からの幸福の追求です。
それに対して、宗教は、人間の内面世界からの幸福の
追求に光を当てています。
人間の内面の確立と、外側からの追求のうえに、人間の
幸福はあるといえます。

あらゆる学問も、機構・制度も、それを生みだし、
つくり上げてきたのは人間です。
したがって、社会や環境の改革も、その主体者である
人間の内面を改革することが肝要です。
そこに高等宗教、なかんずく仏法の役割があると、
私は考えております。


人間がつくったものは全て人間のためにならないといけませんね。